== ナイアガラ(1)==
6月17日、土曜の夕方、僕はいつの間にかカナダの国境を越えていた。
NYを発ってから約半日が過ぎた頃、列車が何もない平地の上で止まった。窓から外を覗けば、あるのは木と草むら、それと僅かに民家が至る所に散らばっているだけだった。車両の後ろからカナダの移民局らしき人間が来て、入国理由とアメリカで何をやっているのかを聞いてきて、また事前に渡されていた入国手続きの紙を調べていた。質問に答え、紙を見せると何事もなく次の人間のところへ行ってしまった。どうやら僕は無事カナダに入れるようだ。
列車はその場所から数分の所にある駅で再び止まった。そこがナイアガラのトレイン・ステーションだった。僕は自分が既にカナダにいるのだとは思いもせず寝転んでいたのであわてて荷物をまとめ、列車を降りた。
外はNYとあまり変わらず蒸し暑く、すぐにバックパックと背中の間に汗が滲んできた。駅の周りは道路が一本走っているだけで、なにも店などない、へんぴな所だった。客を待つタクシーのドライバーもNYでみる男達とたいした違いは見られない(そういえば、女のタクシー・ドライバーをNYで見た事がない)。喋る言葉も当然英語で国境を越えたという実感が今イチ掴めなかった。ここは本当にカナダなのだろうか、、、
朝の7時頃、アムトラックはNYの34丁目にあるペンステーションを出た。客は思っていた以上に少なく、二つ並びの座席にそれぞれが一人ずつ座る程のスペースがあった。僕の車両は当然ビジネスクラスの席ではなかったけれど、僕にとってはこのエコノミーでも充分すぎる程だった。バスと比べればやはり中はきれいで(ピーナッツの食いカスや、コーラが座席の下でぶちまけられてはいなかった。)、窓の下にはラップトップ用のものだろうかコンセントまであった。座席もゆったりと広く、すぐにでも眠れてしまいそうだ。
乗客もやはりバスの時とは違う面々だった。僕の周りにいたのは大学生だろうか、若い二人組の女の子達、僕と同じくらいの年齢に見える背の高い男、老夫婦、母親とその息子のように見える二人組、、、皆その座る姿に余裕を感じさせ、落ち着いた感じを受けた(心なしかそれを見て、少しむかついているのは何故だろう?)。
列車は何の問題もなく走っていった。今までのバスでの様々な出来事が懐かしく思われる。そんな中、何となく自分が浮いているように感じていた。乗る前に買ったオレンジジュースのパックが家庭用サイズだからだろうか?持ってきたサンドイッチが昨日の残り物だからだろうか?それにもし何も持たず来て、僕の財布の中身でこの先の事を考えたとし、車内にある売店の売り物の値段に絶えられただろうか?バスについて、いろいろと書きなぐっていたが、実際は誰よりもそこに馴染んでいたのが自分だったのだという事にこの時初めて気付く。
バスではそれらの行為を気にした事はなかったなぁ、と振り返りながら、それに気付いただけでも乗ったかいがあったのかも、と感じられた。
そしてそれだけだった、とも思う。僕は前日はほとんど眠っていなかったため、列車ではほとんどは眠ってしまったのだ。つまりそれだけやはり快適だったともいえるのだろうが、、、
ホステルは駅から歩いて5分程の所にあった。駅から続く道と同じように、周りにはほとんど何もなく、ただ駐車場のような空き地が至る所に見えた。ポツンと立っていた、青い建物が僕の止まる予定のホステルだった。
外には少しぽっちゃりとした若い女の子と、中年の夫婦らしき人たちが外のベランダでそれぞれ座っていた。
「ハーイ。」
その彼女が挨拶をしてきたので僕も「ハーイ」と言い、彼女を確認。彼女は眼鏡をかけ金髪の髪を後ろで束ねていた。なかなか笑顔がかわいらしかった(僕はこの後、彼女とモントリオールで再び再開する。そして、、、それは後で、)。
僕はホステルの中に入り、受付にいた坊主頭の白人の男に予約をしてあるんですけど、と聞くと、「ウェルカム」と言い、ノートを開き、名前を確認したようだった。
そこで僕はまだカナダドルを持っていないことに気付く。
「あの、カナダドルを持っていないんだけど、、、」
「USドルも使えるよ。いいよ、カナダドルのレートで計算してあげるよ。」
「一体いくら位なの、$1」
「えっと、大体US1ドルでカナダは0、85ドルくらいかな。」
「どこで変えられるか分かる?」
「街の中心に行けば両替所が沢山あるよ。」
そこでカナダのそれぞれの貨幣と紙幣を見せてもらった。ほとんどがアメリカと変わらず、異国という感触はまだ得られなかった。
部屋の鍵をもらい、二階へ上がって部屋に入ると、まだ誰もそこには止まっていないようだった。僕の部屋はドミトリー(相部屋)で、6人が泊まれる部屋のようだった。僕は荷物をツインベッドの下の上に置き、早速外へと出てみることにした。
とりあえず、腹が減っていたので受付で近くの店の場所を聞きいたとおりに、道を歩く。小道を少し抜けると店が軒を連ねる場所へと出た。しかし土曜だというのにどの店も閉まり、人がほとんど歩いていなかった。役所か銀行かは確認しなかったが、その建物にはカナダの国旗が吊るされてあり風に乗ってなびいて、なかった。けだるくうなだれたように垂れ下がり、まるでこの辺り体現しているかのようだ。バーの中に人間の姿を確認、が、客はいない、、、この街は、カナダは大丈夫なのだろうか、と思っていた頃信号の先にデリ(日本で言うコンビニ)を見つけた。
店の中は様々な国の国旗で溢れていた。多分、ワールドカップの期間中だからだろう。ボールやユニホームもある。少し覗くと見たこともない白い布地に赤いプリントで”NIPPON"と書かれたユニホームがあった。
(、、、)
それについえは特に触れずにサンドイッチやパン、それと朝のためのコーンフレークそして牛乳を買う。その時、レジのチョビひげを生やした白人のオッチャンが私に話しかけてきた、
「おい、どうなってんだお前の国は?何分で何点入れられたんだ?」
どうやら日本対オーストラリア戦のことを言っているようだった。
「何で、日本人だって分かったの?」
「だってお前、ジャパンのユニホーム見てただろ?」
「違う、俺が見てたのはニッポンのユニホームだよ。」
「!?、?違うのか?ニッポンとジャパンは?そういえば試合のときのユニホームそれと違ったような、、、」
オッチャンが本気で考え始めたので、一緒だ、冗談だと教える。彼は笑い言った、
「俺か?(聞いてはいない)俺はカメルーン出身だ。アはは」
「じゃあ、次の大会まで待たないとね。」
僕達は笑った(カメルーンは今年ワールドカップに出場していない、もちろん彼もカメルーン人ではないだろう)。カナダ人はアメリカ人と比べサッカーに興味を持っているのかもしれない、他の客も話しに加わってきた。そういえば客のいなかったさっきのバーにも国旗が散りばめられていたのを思い出した。
僕は彼等に「グットラック」と言われて店を出た。外は少しずつ暗くなってきていたが、まだ寝るまでには十分時間がありそうだった。
(食事を宿で済ませてから、夜のナイアガラを見るのもいいかもしれないな。)
そう思いながら僕は人気のない閉まっている店並みを抜けていった。
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