== ナイアガラ(2)==
ナイアガラは原住民の「雷のように轟く水」を意味する言葉に由来する(だから何だという訳ではない、調べたら出てきたので何となく書いてみた)。
夜のナイアガラの滝を見て僕は迫力、驚愕、そして感動、を少しも感じなかった、、、そこにあったのは僕が想像していたものとは全く違うものだったからだ。
夜のナイアガラの滝はどぎつく、下品(あくまで私的に)なレインボーカラーのライトで照らされ、自然の驚異的、神秘的な力など少しも感じなかった。全ては観光地化していたのだ(人間の合理的、独裁的な力は大いに感じられた)。
僕の想像していたものとは、森を歩き、林を抜け、岩場から見上げる、というような自然そのものの中にナイアガラは存在している、というものだった。要するに何一つ知らずにここまで来ていたのだ。実際は、と言えば、人をかき分け、舗装されたアスファルトを歩き、ガードレールから眺めるものだった。
(、、、明日の昼にもう一度こよう、きっと違う世界がそこにはあるさ、、)
僕はそう呟き、ガードレールを挟んで反対側にあるナイアガラの中心街へ持ち金のUSドルを両替所でカナダドルに変えることにした。
自然の風景を売りにしている街とは思えない程の街の風景がそこにはあった。カジノがあり、ファーストフード店、ゲームセンター、観覧車、昨年行った、ラスベガスを思い出す。すれ違う人々は白人、黒人、中国人、そして意外に思ったのはインド人の多いことだった。女性は独特の民族衣装を身にまといギラつくネオンの町中を歩く姿は何とも奇妙にも思えた。
お土産を売っている店の中に両替所があったので、そこで500ドル程変えた。僅かだが多く金が返ってきたことが嬉しかった(レート差分)。まだ時間は10時になるかといったところだった。僕はカジノに寄ろうか一瞬考えたが(べガスでいたいめにあっているにもかかわらず)やめ、今日は宿へ戻ることにした。
30分程、川岸を通っている道を歩き、ホステルへと戻った。自分の部屋に入ってみると、誰もいなかったが全てのベッドに鞄がおかれていた。どうやら誰かが後から来たようだ。僕は特にすることが初日からなくなり、とりあえずシャワーに入り、地下にあるテレビのある部屋へ行くことにした。
地下には誰もいないようで、テレビだけがついたままになっていた。僕はチャンネルをぼんやりとまわしていた。そこでこの日に行われている、ウィンキー・ライト対ジャーメン・テイラーのボクシングの試合が始まっていた。僕はそれを見ることにした、が、気がつくと終わっていた、寝てしまったようだ。
(はて?どちらが勝ったのだろう?)
結果が分からなかったがそれほど気にすることでもなかった。それよりも気になったのが持ってきていたはずの財布がないことだった。僕のものはメモ帳と財布がミックスされたようなものだから、端から見ればただの手帳である。しかし、その中には現金、カードそしてパスポートがまとめて入っているのだ。ここに持ってきているつもりが何故か手元には『燃え尽きた地図』と書かれた文庫本がかわりにテーブルの上にある。
(わかった!)
間違えて持ってきたのだ。今頃財布(兼メモ帳)はベッドの上のはずである。僕は自分の部屋に冷や汗もので駆け出した。部屋にはバッグが他の全てのベッドの上にあったのは確かだ。一体どんなヤツが今夜泊まっているのだろう?もう既に戻っているのだろうか?そんな不安に背を押されるようにしてあっという間に部屋までついた。すぐに鍵を開けようとしたとき、文庫本のタイトル『燃え尽きた地図』(なんて不吉なタイトルだ!)が目に入り、さらに不安を加速させる。それよりも気になったのが持ってきていたはずの鍵がないことだった。
(ちくしょう!)
今度は地下に忘れてきたのだ。しかし戻っている暇はない、部屋には誰かが既にいるかもしれない(直前までは誰もいないことを願っていたが、今はいることを願っている。いや、やはりいない方が財布のことを考えれば良いのではないだろうか?)。部屋の前で一瞬そう混乱していると、部屋の扉の向こう側から、笑い声が聞こえてきた。
(誰かいる!)
ドアノブに手をかけると鍵はかかっていなかった。焦らずにゆっくりとドアを開ける。その時、聞こえてきた笑い声の数が少し気になった。
ドアを開けるとそこにいたのはインド人だった、正確に言えば、インド人”達”だった。
部屋いっぱいに、明らかにベッドの数に合わない程の人数だ。皆トランプを手に持ち、何かのゲームをしていたようだ。しばし呆気にとられている私に、手前の男が声をかけてきた。
「ハロー。」
「ハ、ハロー。」
僕も答える。
「そこのベッドの人?」
それを聞いて戻ってきた理由に気がついた。僕は財布を見にきたのだった。相手の問いに対し、軽く頷くと足早に自分のベッドの前へと行く。財布はベッドの上に放り出されたままの姿でおいてあった。僕がおいていた時と同じ状態に見える。そこの端からは赤いパスポートの表紙が見えていた、最悪の事態は免れたようだ。そして、中を覗くと無事カードもあり、現金も入っていた。僕は旅を続けることができるようだ。そう思うと急に力が抜けベッドの上に腰を下ろす、身体が異常に重く感じられた。
そして周りを見た時、部屋は人で充満しているのにも関わらず、誰も僕のベッドの上には座っていなかったことに気がついた。一応の気配りができるようで、どうやら、悪いヤツ等ではなさそうだ。見た目はまだ十代に見えなくもない、少年のような面影を皆残している、大学生だろうか?
落ち着き始めると今度は鍵を持ってきていなかったことを思い出した。部屋を出る時、彼等は特に僕を気にするでもなく,トランプを続けていた。妙なカードの並べ方をしていて、まるでルールは分からなかった。時々同時に笑う姿が奇妙だった。
地下に下りると鍵がなくなっていた。テーブルの下を覗き、ソファーの周りを見渡したがどこにも鍵はなかった。そういえば、テレビを見る前にキッチンに寄っていたのを思い出した、そこにあるかもしれない。僕は今度はキッチンへと向かった。階段を上ると、受付の坊主頭の男が僕を呼び止めた、
「君の部屋の鍵だろ?」
確かに僕の部屋の鍵だった。ルームナンバーが貼付けてある。
「そう、僕のだね。どこで見つけたの?」
「地下。あのねこれで今日だけで2回目だよ、気をつけてね。」
笑っているが目が怖い。そうだった、既に買ってきたものを食べていた時にキッチンに鍵を忘れてきていたのを忘れていた。
「ごめんなさい。」
僕は鍵を申し訳なさそうにして(実際は何も考えてない)受け取る。階段を上ろうとした時また彼が声をかけた、
「テレビも見たら消すんだよ。」
まるで小学生に言いつけるかのようだった。
部屋に再び戻ると彼等はまだゲームを続けていた。少し盗み見をしてみたが、謎の配列でトランプを並べている、鳥のような形にも見えなくはなかった。僕は既に寝られる状態だったから、すぐにベッドへ潜った。その時一人のインド人が聞いてきた、
「もう寝るの?やめて電気消そうか?」
「イヤ、別に気になんないから続けてどうぞ。」
気にならない訳はなかった、が、彼等の控えめさがとても気に入っていたので、そういう意味ではきにはならなかった。僕がそういうと皆、安心したような顔をした。
ベッドに沈むと、やはり初日ということもあり疲労はたまっていたようだ、足がしびれる感覚に襲われた。しかしそれは心地よく、脊髄を通して頭にまで伝わってきた。ぼんやりと、時々きこえてくる、奇妙な笑い声に身体をびくつかせながら僕は眠りについていった。
——続く
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