"X-PLOSIVE"(一触即発)
6月9日にNYはMSG(マディソン・スクウェア・ガーデン)で行われたWBA世界ウェルター級タイトルマッチでのキャッチフレーズだが、それはまさにその言葉、一触即発に相応しい非常にスリルのある試合内容となった。
プエルトリコの無敗王者ミゲール・コットに元ウェルター級統一王者ザブ・ジュダーが挑戦したこの試合、ガーデン内のリング外でも翌日にはプエルトリカンパレードも控えたプエルトリカンのファンとNYのブルックリン出身であるジュダーの黒人のファンたちの間でもまさにその言葉、一触即発に相応しい非常にスリルのある場外光景となった(実際は好試合だった為何もなかった。)。
試合はジュダーのサウスポーからの痛烈な左アッパーがコットの顎にカウンターで炸裂し、挑戦者攻勢で始まった。
しかし、その後、コットのローブローが1、3回にジュダーのトランクス中心部に今度は炸裂し、その2回目のローブローで悶絶しながらも、生まれたてのヒナのようになんとか立ち上がろうとするジュダーを背景にコットは減点を言い渡された。
超満員のザ・ガーデンで行われたWBA世界ウェルター級タイトルマッチは大歓声の中、さらに激しさを増していった。
ジュダーのニックネームは”スーパー”と呼ばれている。
由来は彼の父でありトレーナー(でありメイウェザー戦の乱闘でも大立ち振る舞いを見せた、元キックボクシングの世界チャンピオンでもある)のヨエル・ジュダーがプロキャリアをスタートさせた息子に、「お前の動きは全てが”スーパー”だ!」と言ったことからである。
しかし、その息子ザブが”スーパー”ジュダーでいられる時間は毎試合限られていた(タイムリミットの目安としては1〜6ラウンドまで)。彼はこれまでもその素晴らしいボクシングの才能で勝ち星を積み重ねてきたが、その才能を全てのラウンドで継続することができず、また大きな試合を幾つも逃してきてもいたのだ。彼はどうしても集中力を切らさず試合を終えることがここ数年できないでいる。
このコットとの試合でも、彼がどれ位長い時間、集中できるかが勝負の鍵を握っているようにも見えた。
コットのローブロー直後、ジュダーが見せた過去の試合のせいもあり、荒れる恐れもあったが、4ラウンドからはプレッシャーをかけジャブからボディや右ストレートへと繋ぐコット、カウンターの左ストレート、アッパーを狙うジュダーという図式で試合は進んでいった。
それにしてもプエルトリコ出身のミゲール・コットはラティーノには珍しく非常に寡黙な男だ。
プエルトリカンもとよりラティーノ達の陽気な性格は一般的日本人と対極にあり、日本人から見れば彼等の時間感覚の欠如、目先の幸福、不幸に心を奪われがちなその性格は何も考えてはいないように見えてしまう。しかし、彼等ラティーノからすれば時間に捕われ、どうなるかも分からない先のことにばかり期待と不安を抱く日本人を愚かに思っているかもしれない。そんな仲間に囲まれ育ったであろうコットはダイエットがきっかけでボクシングを始めたらしい。それがいつしかオリンピックのメダリストとなりプロで世界チャンピオンにまでなってしまったのだ。人の人生とは分からないものである。
試合前の会見等でもジュダーがいろいろと挑発的に「彼は素晴らしいファイターだが、レベルはCクラスだ。」、「彼は今まで一度も俺と同レベルの選手と戦ったことがない。」と発言をしてきても、コットはただ冷静に、「勝負はリングの上」とだけ言い多くを語らなかった。ただ闘志を内に秘め続けるのだ。しかしこの試合、コットの内に秘めた闘志が終盤に爆発した。
4ラウンド以降、ローブローのダメージも残っているのかジュダーの手数が減り始めた。逆にコットがボディを中心に攻めてペースはコットに傾き始めた。
5、6ラウンドとコットは変わらずボディを打ち続け、ジュダーの意識が下に向くとジャブ、右ストレートを顔面へと放った。ボディをまず狙うことでコットはジュダーのカウンターを防ぐと共に、ジュダーの好むペースの奪い合いからの単発勝負からフィジカルな勝負に流れを変えたのだ。コットの幾つかのパンチがジュダーの顔面にクリーンヒットし、明らかにジュダーの疲労の色が濃くなってきた。それでもジュダーは何度も単発ながら危険なパワーのあるカウンターを出していた。しかし、そのパンチも次第にキレが失われていった。
そして第9ラウンド残り1分、ジュダーはプレッシャーをかけ続けるコットの目の前で自らキャンバスに膝をついた。審判はあわててコットをニュートラルコーナーに向かわせてからジュダーに対しカウントを数え始めた。
何か落ちていたのだろうか?そんなわけはない、この時ジュダーは混乱していたようにみえた。疲労に加え、上下の打ち分けやスウィッチを多用し始めたコットのボクシングに対応しきれなくなり、さらに右目上のカットと腫れにより視界が塞がってしまっていた。その全てが重なった瞬間、ジュダーは混乱し、そこから抜け出す為に自ら膝をついてしまったかのように私には見えた。
そして終わりは唐突に訪れた。
第11ラウンドのゴングが鳴りコットの最初の攻撃でジュダーは左アッパーをもらい返しの右フックで力なくなぎ倒された。ジュダーは立ち上がったが呆然としていた、もはや攻め手が残されてはいないようだった。そしてコットがパンチをまとめた時、ジュダーが背を向けてよろめいたところで審判は二人の間に入り、ジュダーを抱きしめ試合を止めた。
スリルある大激戦だった。
私の予想ではジュダーがかなり早いラウンドでスピードで圧倒し、コットを倒して呆気なく終わるのではないか、と思っていた。しかしコットは階級を上げたことで私が1年前にこの場所で見た時よりも遥かに成長していた。よりタフになり、パワー溢れるパンチ、プレッシャーのかけ方にさらに磨きがかかり、何よりジュダーのようなハイレベルの相手でも恐れない勇敢さを見せつけた。
コットにはこの先、更なるビッグマッチが待っているだろう。今、彼のいるウェルター級はどの階級よりも層が厚く、タレントがそろっている。
ジュダーはどうだろうか、一部の見方ではこれでジュダーはその未だ底が見えなかったポテンシャルがとうとう尽きた、と考える人間も多くいる。あの自ら膝を折ったのは判断の難しいところだ。クレバーだったと見るか、またはファイターとしてのプライドまでもが折れてしまった、と見るのか、、、
私はあの時が彼が本当の姿になるチャンスだったようにも思った。そう、私は彼のポテンシャルをまだ信じているのだ、私は始まりのゴングから終わりのゴングまでの全ラウンド、ザブ”スーパー”ジュダーをいつか見てみたいと思っているのだ。一体どれほどの数のボクサーがジャブに対しあのような完璧なアッパーでのカウンターを奪えるだろう、彼のように才能だけで人を魅了してしまうボクサーはそう多くない。まだ肉体は高いレベルで維持されている。後は精神が追いつけばと願うのだが、、それが一番難しいことでもあるのかもしれない、ジュダーにとっては。
あの時、ジュダーが膝をついた時、コットはザ・ガーデンの空に向け獣のように激しく雄叫びを上げた。ジュダーは沈黙と混乱の中にいた。戦前からの立場が変わった瞬間だった。
—終わり
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